第13章

小说:窗边的小豆豆(中文版+日文版)作者:[日]黑柳彻子字数:3503更新时间 : 2017-07-30 10:15:55

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こんなときは、パパの練習所を、のぞきに行くときに決まっていた。普段のトットちゃんは、大急行で走っているとか、落としたものを探すためにキョロキョロしながら行ったり来たりとか、よその家の庭を、次々と、突っ切って、垣根から、もぐって出たり入ったりしながら進んで行く、という風だった。だから、今日みたいな恰好で歩いているのは珍しく、そういうときは、「練習所だナ」って、すぐわかった。練習所は、トットちゃんの家から、五分くらいの所にあった。トットちゃんのパパは、オーケストラの、コンサート?マスターだった。コンサート?マスターっていうのは、ヴァイオリンを弾くんだけど、トットちゃんが面白いと思ったのは、いつか、演奏会に連れってもらった時、みんなが拍手したら、汗ビッショリの指揮者のおじさんが、クルリと客席のほうに振り向くと、指揮台を降りて、すぐ隣に座って弾いていたトットちゃんのパパと握手したことだった。そして、パパが立つと、オーケストラのみんなが、一斉に立ち上がった。「どうして、握手するの?」   小さい声でトットちゃんが聞くと、ママは、「あれは、パパ達が一生懸命、演奏したから、指揮者が、パパに代表して、「ありがとう」という意味で握手をしたのよ」と教えてくれた。トットちゃんが練習所が好きなわけは、学校は子供ばっかりなのに、ここは大人ばっかり集まっていて、しかも、いろんな楽器で音楽をやるし、指揮者のローゼンシュトックさんの日本語が面白いからだった。ローゼンシュトックは、ヨーゼンシュトックといって、ヨーロッパでは、とても有名な指揮者だったんだけど,ヒットラーという人が、こわいことをしようとするので、音楽を続けるために、逃げて、こんな遠い日本まで来たのだ、とパパが説明してくれた。パパは、ローゼンシュトックさんを尊敬しているといった。トットちゃんには、まだ世界情勢がわからなかったけど、この頃、すでに、ヒットラーは、ユダヤ人の弾圧を始めていたのだった。もし、こういうことだなかったら、ローゼンシュトックは、日本に来るはずもない人だったし、また、山田耕作が作った、このオーケストラも、こんなに急速に、世界的指揮者によって、成長することもなかったのかも知れない。とにかく、ローゼンシュトックは、ヨーロッパの一流オーケストラと同じ水準の演奏を要求した。だから、ローゼンシュトックは、いつも練習の終わりには、涙を流して泣くのだった。「私が、これだけ一生懸命やってるのに、君達、オーケストラは、それに、こたえてくれない」すると、ローゼンシュトックが、練習で休んだりしたときに、代理で指揮をする、チェロのトップの斉藤秀雄さんが、一番、ドイツ語が上手だったので、「みんなは、一生懸命やっているのだけど、技術が、おいつかないのです。絶対に、さざとではないのです」と代表して、気持ちを伝え、慰めるのだった。こういうときさつは、トットちゃんは知らなかったけど、時々、ローゼンシュトックさんが、顔を真っ赤にして、頭から湯気が出るみたいになって、外国語で、どなっているのをみることがあった。そういう時、トットちゃんは、ほおづえをついて、いつも、のぞいている自分用の窓から頭を引っ込め、ロッキーと一緒に地面にしゃがんで息を潜め、また音楽の始まるのを待つのだった。でも、普段のローゼンシュトックさんは、やさしく、日本語は、面白かった。みんなの演奏がうまくいくと、「クロヤナキサン!トテモ、イイデス」とか「スバラシイデス!」とかいった。トットちゃんは、一度も練習所の中に入ったことはなかった。いつも、そーっと、窓からのぞきながら、音楽を聴くのが好きだった。だから休憩になって、みんなが煙草を吸いに、外に出たとき、「あっ!トット助、来てたのか?」って、パパが気がつくことって、よくあた。ローゼンシュトックさんは、トットちゃんを見つけると、「オハヨーゴザイマス」とか、「コニチワ」といって、もう大きくなったのに、少し前の小さかったときみたいに抱き上げて、ほっぺたをくっつけたりした。ちょっと恥ずかしかったけど、トットちゃんは、細い銀のふちの眼鏡をかけて、鼻が高く、背の低いローゼンシュトックさんが好きだった。芸術家とすぐわから、立派な美しい顔だった。洗足池のほうから吹いてくる風は、練習所の音楽をのせて、とても遠いところまで運んでいった。時々、その中に金魚~~~ええ~~~金魚!という金魚屋さんの声が、まざることもあった。とにかく、トットちゃんは、少し西洋館風で、かたむいている、この練習所が気に入っていた。

    夏休みも終わりに近くなって、いよいよ、トモエの生徒にとっては、メイン?イベントとでもいうべき、温泉旅行への出発の日が来た。たいがいのことに驚かないママも、夏休み前の、ある日、トットちゃんが学校から帰ってきて、「みんなと、温泉旅行に行ってもいい?」と聞いたときは、びっくりした。お爺さんとか、お婆さんが揃って温泉に出かける、というのなら、わかるけど、小学校の一年生が……。でも、よくよく校長先生からの手紙を読んでみると、なるほど面白そうだ、と、ママは感心した。静岡の伊豆半島に土肥というところがあり、そこは、海の中に温泉が湧いていて、子供達が、泳いだり、温泉に入ったり出来る、という、「臨海学校」のお知らせだった。二泊三日。トモエの生徒のお父さんの別荘が、そこにあり、一年から六年までの全校生徒、約五十人が泊まれる、ということだった。ママは、勿論、賛成した。そんなわけで、今日、トモエの生徒は、温泉旅行に出かける支度をして、学校に集まったのだった。校庭にみんなが来ると、校長先生は、いった。「いいかい?汽車にも船にも乗るよ。迷子にだけは、なるなよな。じゃ、出発だ!」校長先生の注意は、これだけだった。でも、自由が丘の駅から東横線に乗り込んだみんなは、びっくりするほど、静かで、走り回る子もいなかったし、話すときは、隣にいる子だけど、おとなしく話した。トモエの生徒は一回も、「一列にお行儀よく並んで歩くこと!」とか、「電車の中は静かに!」とか、「食べ物の、かすを捨ててはいけません」とか、学校で教わったことはなかった。ただ、自分より小さい人や弱い人を押しのけることや、乱暴をするのは、恥ずかしいことだ、ということや、散らかっているところを見たら、自分で勝手に掃除をする、とか、人の迷惑になることは、なるべくしないように、というようなことが、毎日の生活の中で、いつの間にか、体の中に入っていた。それにしても、たった数ヶ月前、授業中に窓からチンドン屋さんと話して、みんなに迷惑をかけていたトットちゃんが、トモエに来たその日から、ちゃんと、自分の机に座って勉強するようになったことも、考えてみれば不思議なことだった。ともかく、今、トットちゃんは、前の学校の先生が見たら、「人違いですわ」というくらい、ちゃんと、みんなと一緒に腰掛けて、旅行をしていた。沼津からは、みんなの夢の、船だった。そんなに大きい船じゃなかったけど、みんな興奮して、あっちをのぞいたり、さわったり、ぶら下がってみたりした。そして、いよいよ船が港を出るときは、町の人たちにも、手を振ったりした。ところが、途中から雨になり、みんな甲板から船室に入らなければならなくなり、おまけに、ひどく揺れてきた。そのうち、トットちゃんは、気持ちが悪くなってきた。他にも、そういう子がいた。そんな時、上級生の男の子が、揺れる船の真ん中に重心をとる形で立って、揺れてくると、「オットットットット!」といって、左に飛んでったり、右に飛んでったりした。それを見たら、おかしくて、みんな気持ちが悪くて半分、泣きそうだったけど、笑っちゃって、笑っているうちに土肥に着いた。そして、可哀そうだけど、おかしかった事情は、船から降りて、みんなが元気になった頃、「オットットットット!」の子だけが、気持ち悪くなったことだった。土肥温泉は、静かなところで、海と林と、海に面した小高い丘などがある美しい村だった。一休みしたあと、先生達に連れられて、みんな、海に出かけた。学校のプールと違うから、海に入るときは、みんな海水着を着た。海の中の温泉、というのは、変わっていた。何しろ、どこからどこまでが温泉で、どこからが海、という、線とか囲いがあるわけじゃないから、「ここが温泉ですよ」といわれたところを憶えて,しゃがむと,ちょうど首のとこるまでお湯が来て、本当に、お風呂と同じに暖かくて気持ちがよかった。

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