第5章

小说:挪威的森林(中日双语版)作者:村上春树字数:3516更新时间 : 2017-07-31 14:04:03

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僕の部屋に遊びに来た人間はみんなその運河の写真を見て「なんだ、これ?」と言った。「突撃隊はこれ見ながらマスターベーションするんだよ」と僕は言った。冗談のつもりで言ったのだが、みんなあっさりとそれを信じてしまった。あまりにもあっさりとみんなが信じるのでそのうちに僕も本当にそうなのかもしれないと思うようになった。



     みんなは突撃隊と同室になっていることで僕に同情してくれたが、僕自身はそれほど嫌な思いをしたわけではなかった。こちらが身のまわりを清潔にしている限り、彼は僕に一切干渉しなかったから、僕としてはかえって楽なくらいだった。掃除は全部彼がやってくれたし、布団も彼が干してくれたし、ゴミも彼がかたづけてくれた。僕が忙しくて三日風呂に入らないとくんくん匂いをかいでから入った方がいいと忠告してくれたし、そろそろ床屋に行けばとか鼻毛切った方がいいねとかも言ってくれた。困るのは虫が一匹でもいると部屋の中に殺虫スプレーをまきちらすことで、そういうとき僕は隣室のカオスの中に退避せざるを得なかった。



     突撃隊はある国立大学で地理学を専攻していた。



     「僕はね、ち、ち、地図の勉強してるんだよ」と最初に会ったとき、彼は僕にそう言った。



     「地図が好きなの?」と僕は訊いてみた。



     「うん、大学を出たら国土地理院に入ってさ、ち、ち、地図作るんだ」



     なるほど世の中にはいろんな希望があり人生の目的があるんだなと僕はあらためて感心した。それは東京に出てきて僕が最初に感心したことのひとつだった。たしかに地図づくりに興味を抱き熱意を持った人間が少しくらいいないことには――あまりいっぱいいる必要もないだろうけれど――それは困ったことになってしまう。しかし「地図」という言葉を口にするたびにどもってしまう人間が国土地理院に入りたがっているというのは何かしら奇妙であった。彼は場合によってどもったりどもらなかったりしたが、「地図」という言葉が出てくると百パーセント確実にどもった。



     「き、君は何を専攻するの?」と彼は訊ねた。



     「演劇」と僕は答えた。



     「演劇って芝居やるの?」



     「いや、そういうんじゃなくてね。戯曲を読んだりしてさ、研究するわけさ。ラシーヌとかイヨネスコとか、シェークスビアとかね」



     シェークスビア以外の人の名前は聞いたことないな、と彼は言った。僕だって殆んど聞いたことはない。講義要項にそう書いてあっただけだ。



     「でもとにかくそういうのが好きなんだね?」と彼は言った。



     「別に好きじゃないよ」と僕は言った。



     その答は彼を混乱させた。混乱するとどもりがひどくなった。僕はとても悪いことをしてしまったような気がした。



     「なんでも良かったんだよ、僕の場合は」と僕は説明した。「民族学だって東洋史だってなんだって良かったんだ。ただたまたま演劇だったんだ、気が向いたのが。それだけ」しかしその説明はもちろん彼を納得させられなかった。



     「わからないな」と彼は本当にわからないという顔をして言った。「ぼ、僕の場合はち、ち、地図が好きだから、ち、ち、ち、地図の勉強してるわけだよね。そのためにわざわざと、東京の大学に入って、し、仕送りをしてもらってるわけだよ。でも君はそうじゃないって言うし……」



     彼の言っていることの方が正論だった。僕は説明をあきらめた。それから我々はマッチ棒のくじをひいて二段ベッドの上下を決めた。彼が上段で僕が下段だった。



     彼はいつも白いシャツと黒いズボンと紺のセーターという格好だった。頭は丸刈りで背が高く、頬骨がはっていた。学校に行くときはいつも学生服を着た。靴も鞄もまっ黒だった。見るからに右翼学生という格好だったし、だからこそまわりの連中も突撃隊と呼んでいたわけだが本当のことを言えば彼は政治に対しては百パーセント無関心だった。洋服を選ぶのが面倒なのでいつもそんな格好をしているだけの話だった。彼が関心を抱くのは海岸線の変化とか新しい鉄道トンネルの完成とか、そういった種類の出来事に限られていた。そういうことについて話しだすと、彼はどもったりつっかえたりしながら一時間でも二時間でも、こちらが逃げだすか眠ってしまうかするまでしゃべりつづけていた。



     毎朝六時に「君が代」を目覚し時計がわりにして彼は起床した。あのこれみよがしの仰々しい国旗掲揚式もまるっきり役に立たないというわけではないのだ。そして服を着て洗面所に行って顔を洗う。顔を洗うのにすごく長い時間がかかる。歯を一本一本取り外して洗っているんじゃないかという気がするくらいだ。部屋に戻ってくるとパンパンと音を立ってタオルのしわをきちんとのばしてスチームの上にかけて乾かし、歯ブラシと石鹸を棚に戻す。それからラジオをつけてラジオ体操を始める。



     僕はだいたい夜遅くまで本を読み朝は八時くらいまで熟睡するから、彼が起きだしてごそごそしても、ラジオをつけて体操を始めても、まだぐっすりと眠りこんでいることもある。しかしそんなときでも、ラジオ体操が跳躍の部分にさしかかったところで必ず目を覚ますことになった。覚まさないわけにはいかなかったのだ。なにしろ彼が跳躍するたびに――それも実に高く跳躍した――その震動でベッドがどすんどすんと上下したからだ。三日間、僕は我慢した。共同生活においてはある程度の我慢は必要だと言いきかされていたからだ。しかし四日目の朝、僕はもうこれ以上は我慢できないという結論に達した。



     「悪いけどさ、ラジオ体操は屋上かなんかでやってくれないかな」と僕はきっぱりと言った。



     「それやられると目が覚めちゃうんだ」



     「でももう六時半だよ」と彼は信じられないという顔をして言った。



     「知ってるよ、それは。六時半だろ?六時半は僕にとってはまだ寝てる時間なんだ。どうしてかは説明できないけどとにかくそうなってるんだよ」



    「駄目だよ。屋上でやると三階の人から文句がくるんだ。ここなら下の部屋は物置きだから誰からも文句はこないし」



     「じゃあ中庭でやりなよ。芝の上で」



     「それも駄目なんだよ。ぼ、僕のはトランジスタ?ラジオじゃないからさ、で、電源がないと使えないし、音楽がないとラジオ体操ってできないんだよ」



     たしかに彼のラジオはひどく古い型の電源式だったし、一方僕のはトランジスタだったがFMしか入らない音楽専用のものだった。やれやれ、と僕は思った。



    「じゃあ歩み寄ろう」と僕は言った。「ラジオ体操をやってもかまわない。そのかわり跳躍のところだけはやめてくれよ。あれすごくうるさいから。それでいいだろ?」



     「ちょ、跳躍?」と彼はびっくりしたように訊きかえした。「跳躍ってなんだい、それ?」



     「跳躍といえば跳躍だよ。ぴょんぴょん跳ぶやつだよ」



     「そんなのないよ」



     僕の頭は痛みはじめた。もうどうでもいいやという気もしたが、まあ言いだしたことははっきりさせておこうと思って、僕は実際にNHKラジオ体操第一のメロディーを唄いながら床の上でぴょんぴょん跳んだ。



     「ほら、これだよ、ちゃんとあるだろう?」



     「そ、そうだな。たしかにあるな。気がつ、つかなかった」



     「だからさ」と僕はベッドの上に腰を下ろして言った。「そこの部分だけを端折ってほしいんだよ。他のところは全部我慢するから。跳躍のところだけをやめて僕をぐっすり眠らせてくれないかな」



     「駄目だよ」と彼は実にあっさりと言った。「ひとつだけ抜かすってわけにはいかないんだよ。十年も毎日毎日やってるからさ、やり始めると、む、無意識に全部やっちゃうんだ。

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