第27章

小说:挪威的森林(中日双语版)作者:村上春树字数:3533更新时间 : 2017-07-31 14:04:03

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我々の口づけはそういうタイプの口づけだった。しかしもちろんあらゆる口づけがそうであるように、ある種の危険がまったく含まれていないというわけではなかった。



     最初に口を開いたのは緑だった。彼女は僕の手をそっととった。そしてなんだか言いにくそうに自分につきあっている人がいるのだと言った。それはなんとなくわかってると僕は言った。



     「あなたには好きな女の子いるの?」



     「いるよ」



     「でも日曜日はいつも暇なのね?」



     「とても複雑なんだ」と僕は言った。



     そして僕は初秋の午後の束の間の魔力がもうどこかに消え去っていることを知った。



     



     五時に僕はアルバイトに行くからと言って緑の家を出た。一緒に外にでて軽く食事しないかと誘ってみたが、電話がかかってくるかもしれないからと、彼女は断った。



     「一日中家の中にいて電話を待ってなきゃいけないなんて本当に嫌よね。一人きりでいるとね、身体がすこしずつ腐っていくような気がするのよ。だんだん腐って溶けて最後には緑色のとろっとした液体だけになってね、地底に吸いこまれていくの。そしてあとには服だけが残るの。そんな気がするわね、一日じっと待ってると」



     「もしまた電話待ちするようなことがあったら一緒につきあうよ。昼ごはんつきで」と僕は言った。



     「いいわよ。ちゃんと食後の火事も用意しておくから」と緑は言った。



    



    *



    



    翌日の「演劇史Ⅱ」の講義に緑は姿を見せなかった。講義が終わると学生食堂に入って一人で冷たくてまずいランチを食べ、それから日なたに座ってまわりの風景を眺めた。すぐとなりでは女子学生が二人でとても長いたち話をつづけていた。一人は赤ん坊でも抱くみたいに大事そうにテニス?ラケットを胸に抱え、もう一人は本を何冊かとレナード?バーンスタインのLPを待っていた。ふたりともきれいな子で、ひどく楽しそうに話をしていた。クラブ?ハウスの方からは誰かがベースの音階練習をしている音が聞こえてきた。ところどころに四、五人の学生のグループがいて、彼らは何やかやについて好き勝手ない件を表明したり笑ったりどなったりしていた。駐車場にはスケートボードで遊んでいる連中がいた。革かばんを抱えた教授がスケートボードをよけるようにしてそこを横切っていた。中庭ではヘルメットをかぶった女子学生が地面にかがみこむようにして米帝のアジア侵略がどうしたこうしたという立て看板を書いていた。いつもながらの大学の昼休みの風景だった。しかし久しぶりに改めてそんな風景を眺めているうちに僕はふとある事実に気づいた。人々はみんなそれぞれに幸せそうに見えるのだ。彼らが本当に幸せなのかあるいはただ単にそう見えるだけなのかわからない。でもとにかくその九月の終わりの気持ちの良い昼下がり、人々は人々はみんなしあわせそうに見えたし、そのおかげで僕はいつになく淋しい思いをした。僕は一人だけがその風景に馴染んでいないように思えたからだ。



     でも考えて見ればこの何年かのあいだ、いったいどんな風景に馴染んてきたというのだ?と僕は思った。僕が覚えている最後の親密な光景はキズキと二人で玉を撞いた港の近くのビリヤード場の光景だった。そしてその夜にはキズキはもう死んでしまい、それ以来僕と世界とのあいだには何かしらぎくしゃくとして冷かな空気が入りこむことになってしまったのだ。僕にとってキズキという男の存在はいったいなんだったんだろうと考えてみた。でもその答えを見つけることはできなかった。僕にわかるのはキズキの死によって僕のアドレセンスとでも呼ぶべき機能の一部が完全に永遠に損なわれてしまったらしいということだけだった。僕はそれをはっきりと感じ理解することができた。しかしそれが何を意味し、どのような結果をもたらすことになるのかということは全く理解の外にあった。



     僕は長いあいだそこに座ってキャンパスの風景とそこを行き来する人々を眺めて時間をつぶした。ひょっとして緑に会えるかもしれないとも思ったが、結局その日彼女の姿を見ることはなかった。昼休みが終ると僕は図書室に行ってドイツ語の予習をした。



    



    *



    



    その週の土曜日の午後に永沢さんが僕の部屋に来て、よかったら今夜あそびにいかないか、外泊許可はとってやるからと言った。いいですよ、と僕は言った。この一週間ばかり僕の頭はひどくもやもやとしていた、誰とでもいいから寝てみたいという気分だったのだ。



     僕は夕方風呂に入って髭を剃り、ポロシャツの上にコットンの上着を着た。そして永沢さんと二人で食堂で夕食をとり、バスに乗って新宿の町に出た。新宿三丁目の喧騒の中でバスを降り、そのへんをぶらぶらしてからいつも行く近くのバーに入って適当な女の子がやってくるのを待った。女同士の客が多いのが特徴の店だったのだが、その日に限って女の子はまったくと言ってもいいくらい我々のまわりには近づいてこなかった。僕らは酔っ払わない程度にウィスキー?ソーダをちびちびとすすりながら二時間近くそこにいた。愛想の良さそうな女の子の二人組がカウンターに座ってギムレットとマルガリータを注文した。早速永沢さんが話しかけに行ったが、二人は男友だちと待ちあわせていた。それでも僕らはしばらく四人で親しく話をしていたのだが、待ちあわせの相手が来ると二人はそちらにいってしまった。



     店を変えようといって永沢さんは僕をもう一軒のバーにつれていった。少し奥まったところにある小さな店で、大方の客はもうできあがって騒いでいた。奥のテーブルに三人組の女の子がいたので、我々はそこに入って五人で話をした。雰囲気は悪くなかった。みんなけっこう良い気分になっていた。しかし店を変えて少し飲まないかと誘うと、女の子たちは私たちもうそろそろ帰らなくちゃ門限があるんだもの、と言った。三人ともどこかの女子大の寮暮らしだったのだ。まったくついてない一日だった。そのあとも店を変えてみたが駄目だった。どういうわけか女の子が寄りついてくるという気配がまるでないのだ。



     十一時半になって今日は駄目だなと永沢さんはが言った。



     「悪かったな、ひっぱりまわしちゃって」と彼は言った。



     「かまいませんよ、僕は。永沢さんにもこういう日があるんだというのがわかっただけでも楽しかったですよ」と僕は言った。



     「年に一回くらいあるんだ、こういうの」と彼は言った。



     正直な話し、僕はもうセックスなんてどうだっていいやという気分になっていた。土曜日の新宿の夜の喧騒の中を三時間半もうろうろして、性欲やらアルコールやらのいりまじったわけのわからないエネルギーを眺めているうちに、僕自身の性欲なんてとるに足らない卑小なものであるように思えてきたのだ。



     「これからどうするの、ワタナベ?」と永沢さんが僕に訊いた。



     「オールナイトの映画でも観ますよ。しばらく映画なんて観てないから」



     「じゃあ俺はハツミのところに行くよ。いいかな?」



     「いけないわけがないでしょう?」と僕は笑って言った。



     「もしよかったら泊まらせてくれる女の子の一人くらい紹介してやれるけど、どうだ?」



     「いや、映画みたいですね、今日は」



     「悪かったな。いつか埋め合わせするよ」と彼は言った。そして人混みの中に消えていった。僕はハンバーガー?スタンドに入ってチーズ?バーカーを食べ、熱いコーヒーを飲んで酔いをさましてから近くの二番館で『卒業』を観た。それほど面白い映画とも思えなかったけれど、他にやることもないので、そのままもう一度くりかえしてその映画を観た。そして映画館を出て午前四時感のひやりとした新宿の町を考えごとをしながらあてもなくぶらぶらと歩いた。

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