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」
「いや最初の一年間は国内研修だね。それから当分は外国にやられる」
僕は紅茶をすすり、彼はうまそうにビールを飲んだ。
「この冷蔵庫だけどさ、もしよかったらここを出るときにお前にやるよ」と永沢さんは言った。「欲しいだろ?これあると冷たいビール飲めるし」
「そりゃもらえるんなら欲しいですけどね、永沢さんだって必要でしょう?どうぜアパート暮しか何かだろうし」
「馬鹿言っちゃいけないよ。こんなところ出たら俺はもっとでかい冷蔵庫を買ってゴージャスに暮すよ。こんなケチなところで四年我慢したんだぜ。こんなところで使ってたものなんて目にしたくもないさ。何でも好きなものやるよ、TVだろうが、魔法瓶だろうが、ラジオだろうが」
「まあなんでもいいですけどね」と僕は言った。そして机の上のスペイン語のテキスト?ブックを手にとって眺めた。「スペイン語始めたんですか?」
「うん。語学はひとつでも沢山できた方が役に立つし、だいたい生来俺はそういうの得意なんだ。フランス語だって独学でやってきて殆んど完璧だしな。ゲームと同じさ。ルールがひとつわかったら、あとはいくつやったってみんな同じなんだよ。ほら女と一緒だよ」
「ずいぶん内省的な生き方ですね」と僕は皮肉を言った。
「ところで今度一緒に飯食いに行かないか」と永沢さんが言った。
「また女漁りじゃないでしょうね?」
「いや、そうじゃなくてさ、純粋な飯だよ。ハツミと三人でちゃんとしたレストランに行って会食するんだ。俺の就職祝いだよ。なるべく高い店に行こう。どうせ払いは父親だから」
「そういうのはハツミさんと二人でやればいいじゃないですか」
「お前がいてくれた方が楽なんだよ。その方が俺もハツミも」と永沢さんは言った。
やれやれ、と僕は思った。それじゃキズキと直子のときとまったく同じじゃないか。
「飯のあとで俺はハツミのところ行って泊るからさ。飯くらい三人で食おうよ」
「まああなた二人がそれでいいって言うんなら行きますよ」と僕は言った。「でも永沢さんはどうするですか、ハツミさんのこと?研修のあとで国外勤務になって何年も帰ってこないんでしょ?彼女はどうなるんですか?」
「それはハツミの問題であって、俺の問題ではない」
「よく意味がわかんないですね」
彼は足を机の上にのせたままビールを飲み、あくびをした。
「つまり俺は誰とも結婚するつもりはないし、そのことはハツミにもちゃんと言ってある。だからさ、ハツミは誰かと結婚したきゃすりゃいいんだ。俺は止めないよ。結婚しないで俺を待ちたきゃ待ちゃいい。そういう意味だよ」
「ふうん」と僕は感心して言った。
「ひどいと思うだろ、俺のこと?」
「思いますね」
「世の中というのは原理的に不公平なものなんだよ。それは俺のせいじゃない。はじめからそうなってるんだ。俺はハツミをだましたことなんか一度もない。そういう意味では俺はひどい人間だから、それが嫌なら別れろってちゃんと言ってる」
永沢さんはビールを飲んでしまうとタバコをくわえて火をつけた。
「あなたは人生に対して恐怖を感じるということはないですか?」と僕は訊いてみた。
「あのね、俺はそれほど馬鹿じゃないよ」と永沢さんは言った。「もちろん人生に対して恐怖を感じることはある。そんなの当たり前じゃないか。ただ俺はそういうのを前提条件として認めない。自分の力を百パーセント発揮してやれるところまでやる。欲しいものはとるし、欲しくないものはとらない。そうやって生きていく。駄目だったら駄目になったところでまた考える。不公平な社会というのは逆に考えれば能力を発揮できる社会でもある」
「身勝手な話みたいだけれど」と僕は言った。
「でもね、俺は空を見上げて果物が落ちてくるのを待ってるわけじゃないぜ。俺は俺なりにずいぶん努力をしている。お前の十倍くらい努力してる」
「そうでしょうね」と僕は認めた。
「だからね、ときどき俺は世間を見まわして本当にうんざりするんだ。どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、努力もせずに不平ばかり言うんだろうってね」
僕はあきれて永沢さんの顔を眺めた。「僕の目から見れば世の中の人々はずいぶんあくせくと身を粉にして働いているような印象を受けるんですが、僕の見方は間違っているんでしょうか?」
「あれは努力じゃなくてただの労働だ」と永沢さんは簡単に言った。「俺の言う努力というのはそういうのじゃない。努力というのはもっと主体的に目的的になされるもののことだ」
「たとえば就職が決って他のみんながホッとしている時にスペイン語の勉強を始めるとか、そういうことですね?」
「そういうことだよ。俺は春までにスペイン語を完全にマスターする。英語とドイツ語とフランス語はもうできあがってるし、イタリア語もだいたいはできる。こういうのって努力なくしてできるか?」
彼はタバコを吸い、僕は緑の父親のことを考えた。そして緑の父親はTVでスペイン語の勉強を始めようなんて思いつきもしなかったろうと思った。努力と労働の違いがどこかにあるかなんて考えもしなかったろう。そんなことを考えるには彼はたぶん忙しすぎたのだ。仕事も忙しかったし、福島まで家出した娘を連れ戻しにも行かねばならなかった。
「食事の話だけど、今度の土曜日でどうだ?」と永沢さんが言った。
いいですよ、と僕は言った。
永沢さんが選んだ店は麻布の裏手にある静かで上品なフランス料理店だった。永沢さんが名前を言うと我々は奥の個室に通された。小さな部屋で壁には十五枚くらい版画がかかっていた。ハツミさんが来るまで、僕と永沢さんはジョセフ?コンラッドの小説の話をしながら美味しいワインを飲んだ。永沢さんは見るからに高価そうなグレーのスーツを着て、僕はごく普通のネイビー?ブルーのブレザー?コートを着ていた。
十五分くらい経ってからハツミさんがやってきた。彼女はとてもきちんと化粧をして金のイヤリングをつけ、深いブルーの素敵なワンピースを着て、上品なかたちの赤いパンプスをはいていた。僕はワンピースの色を賞めると、これはミッドナイト?ブルーっていうのよとハツミさんは教えてくれた。
「素敵なところじゃない」とハツミさんが言った。
「父親が東京に来るとここで飯食うんだ。前に一度一緒に来たことあるよ。俺はこういう気取った料理はあまり好きじゃないけどな」と永沢さんが言った。
「あら、たまにはいいじゃない、こういうのも。ねえ、ワタナベ君」とハツミさんが言った。
「そうですね、自分の払いじゃなければね」と僕は言った。
「うちの父親はだいたいいつも女と来るんだ」と永沢さんが言った。「東京に女がいるから」
「そう?」とハツミさんが言った。
僕は聞こえないふりをしてワインを飲んでいた。
やがてウェイターがやってきて、我々は料理を注文した。オードブルとスープを我々は選び、メイン?ディッシュに永沢さんは鴨を、僕とハツミさんは鱸を注文した。料理はとてもゆっくり出てきたので、僕らはワインを飲みながらいろんな話をした。最初は永沢さんが外務省の試験の話をした。受験者の殆んどは底なし沼に放りこんでやりたいようなゴミだが、まあ中には何人かまともなのもいたなと彼は言った。
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