最新网址:www.llskw.org
「いいですよ。こちらこそごちそうになっちゃったし」と僕は言った。「まあ奇妙といえば奇妙な就職決定祝いでしたけど」
「まったくな」と彼は言った。
そして我々はしばらく黙って食事をつづけた。
「ハツミとは仲なおりしたよ」と彼は言った。
「まあそうでしょうね」と僕は言った。
「お前にもけっこうきついことを言ったような気がするんだけど」
「どうしたんですか、反省するなんて?体の具合がわるいんじゃないですか?」
「そうかもしれないな」と彼は言ってニ、三度小さく肯いた。「ところでお前、ハツミに俺と別れろって忠告したんだって?」
「あたり前でしょう」
「そうだな、まあ」
「あの人良い人ですよ」と僕は味噌汁を飲みながら言った。
「知ってるよ」と永沢さんはため息をついて言った。「俺にはいささか良すぎる」
*
電話かかかっていることを知らせるブザーが鳴ったとき、僕は死んだようにぐっすり眠っていた。僕はそのとき本当に眠りの中枢に達していたのだ。だから僕には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。眠っているあいだに頭の中が水びたしになって脳がふやけてしまったような気分だった。時計を見ると六時十五分だったが、それが午前か午後かわからなかった。何日の何曜日なのかも思い出せなかった。窓の外を見ると中庭のボールには旗は上っていなかった。それでたぶんこれは夕方の六時十五分なのだろうと僕は見当をつけた。国旗掲揚もなかなか役に立つものだ。
「ねえワタナベ君、今は暇?」と緑が訊いた。
「今日は何曜日だったかな?」
「金曜日」
「今は夕方だっけ?」
「あたり前でしょう。変な人ね。午後の、ん―と、六時十八分」
やはり夕方だったんだ、と僕は思った。そうだ、ベッドに寝転んで本を読んでいるうちにぐっすり眠りこんでしまったんだ。金曜日――と僕は頭を働かせた。金曜日の夜にはアルバイトはない。「暇だよ。今どこにいるの?」
「上野駅。今から新宿に出るから待ちあわせない?」
我々は場所とだいたいの時刻を打ち合わせ、電話を切った。
DUGに着いたとき、緑は既にカウンターのいちばん端に座って酒を飲んでいた。彼女は男もののくしゃっとした白いステン?カラー?コートの下に黄色い薄いセーターを着て、ブルージーンズをはいていた。そして手首にはブレスレットを二本つけていた。
「何飲んでるの?」と僕は訊いた。
「トム?コリンズ」と緑は言った。
僕はウィスキー?ソーダを注文してから、足もとに大きな革鞄が置いてあることに気づいた。
「旅行に行ってたのよ。ついさっき戻ってきたところ」と彼女は言った。
「どこに行ったの?」
「奈良と青森」
「一度に?」と僕はびっくりして訊いた。
「まさか。いくら私が変ってるといっても奈良と青森に一度にいったりはしないわよ。べつべつに行ったのよ。二回にわけて。奈良には彼と行って、青森は一人でぶらっと行ってきたの」
僕はウィスキー?ソーダをひとくち飲み、緑のくわえたマルボロにマッチで火をつけてやった。「いろいろと大変だった?お葬式とか、そういうの」
「お葬式なんて楽なものよ。私たち馴れてるの。黒い着物着て神妙な顔して座ってれば、まわりの人がみんなで適当に事を進めてくれるの。親戚のおじさんとか近所の人とかね。勝手にお酒買ってきたり、おすし取ったり、慰めてくれたり、泣いたり、騒いだり、好きに形見わけしたり、気楽なものよ。あんなのピクニックと同じよ。来る日も来る日も看病にあけくれてたのに比べたら、ピクニックよ、もう。ぐったり疲れて涙も出やしないもの、お姉さんも私も。気が抜けて涙も出やしないのよ、本当に。でもそうするとね、まわりの人たちはあそこの娘たちは冷たい、涙も見せないってかげぐちきくの。私たちだから意地でも泣かないの。嘘泣きしようと思えばできるんだけど、絶対にやんないもの。しゃくだから。みんなが私たちの泣くことを期待してるから、余計に泣いてなんかやらないの。私とお姉さんはそういうところすごく気が合うの。性格はずいぶん違うけれど」
緑はブレスレットをじゃらじゃらと鳴らしてウェイターを呼び、トム?コリンズのおかわりとピスタチオの皿を頼んだ。
「お葬式が終ってみんな帰っちゃってから、私たち二人で明け方まで日本酒を飲んだの、一升五合くらい。そしてまわりの連中の悪口をかたっぱしから言ったの。あいつはアホだ、クソだ、疥癬病みの犬だ、豚だ、偽善者だ、盗っ人だって、そういうのずうっと言ってたのよ。すうっとしたわね」
「だろうね」
「そして酔払って布団に入ってぐっすり眠ったの。すごくよく寝たわねえ。途中で電話なんかかかってきても全然無視しちゃってね、ぐうぐう寝ちゃったわよ。目がさめて、二人でおすしとって食べて、それで相談して決めたのよ。しばらく店を閉めてお互い好きなことしようって。これまで二人でずいぶん頑張ってやってきたんだもの、それくらいやったっていいじゃない。お姉さんは彼と二人でのんびりするし、私も彼と二泊旅行くらいしてやりまくろうと思ったの」緑はそう言ってから少し口をつぐんで、耳のあたりをぼりぼりと掻いた。「ごめんなさい。言葉わるくて」
「いいよ。それで奈良に行ったんだ」
「そう。奈良って昔から好きなの」
「それでやりまくったの?」
「一度もやらなかった」と彼女は言ってため息をついた。「ホテルに着いて鞄をよっこらしょと置いたとたんに生理が始まっちゃったの、どっと」
僕は思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないわよ、あなた。予定より一週間早いのよ。泣けちゃうわよ、まったく。たぶんいろいろと緊張したんで、それで狂っちゃったのね。彼の方はぶんぶん怒っちゃうし。わりに怒っちゃう人なのよ、すぐ。でも仕方ないじゃない、私だってなりたくてなったわけじゃないし。それにね、私けっこう重い方なのよ、あれ。はじめの二日くらいは何もする気なくなっちゃうの。だからそういうとき私と会わないで」
「そうしたいけれど、どうすればわかるかな?」と僕は訊いた。
「じゃあ私、生理が始まったらニ、三日赤い帽子かぶるわよ。それでかわるんじゃない?」と緑は笑って言った。「私が赤い帽子をかぶってたら、道で会っても声をかけずにさっさと逃げればいいのよ」
「いっそ世の中の女の人がみんなそうしてくれればいいのに」と僕は言った。「それで奈良で何してたの?」
「仕方ないから鹿と遊んだり、そのへん散歩して帰ってきたわ。散々よ、もう。彼とは喧嘩してそれっきり会ってないし。まあそれで東京に戻ってきてニ、三日ぶらぶらして、それから今度は一人で気楽に旅行しようと思って青森に行ったの。弘前に友だちがいて、そこでニ日ほど泊めてもらって、そのあと下北とか竜飛とかまわったの。いいところよ、すごく。私あのへんの地図の解説書書いたことあるのよ、一度。あなた行ったことある?」
ない、と僕は言った。
「それでね」と言ってから緑はトム?コリンズをすすり、ピスタチオの殻をむいた。「一人で旅行しているときずっとワタナベ君のことを思いだしていたの。そして今あなたがとなりにいるといいなあって思ってたの」
「どうして?
请记住本书首发域名:www.llskw.org。来奇网电子书手机版阅读网址:m.llskw.org