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スパイは、あきらめるよりしか、なかった。やっぱり相談してよかった。(それにしても!)と、トットちゃんは、心の中で考えた。(すごい!泰ちゃんは、私と同じ年なのに、こんなに、いろんなことが、よくわかっているなんて……)もし、泰ちゃんが、トットちゃんに、「僕、物理学者になろうと思うんだけど!」なんていったら、一体、どんなことを、いってあげられるだろうか。「アルコールランプに、マッチで上手に火がつけられるもの、なれると思うわ……」でも、これじゃ、ちょっと子供っぽいかなあ。「英語で、狐はフォックスで、靴はシューズ、って知ってるんだもの、なれるんじゃないの?」これでも、充分じゃ、なさそうだ。(でも、泰ちゃんなら、いずれにしても、利口な人のする仕事に向いている)と、トットちゃんは、思った。だから、とっとちゃんは、だまって、フラスコの泡を見つめてる泰ちゃんに、やさしく、いった。「ありがとう。スパイはやめる。でも、泰ちゃんは、きっとえらい偉いになるわ」泰ちゃんは、口の中で、何か、モゾモゾ言うと、頭をかきながら、開いた本の中に、頭を、うずめてしまった。(スパイもだめなら、なにになったら、いいのかな?)トットちゃんは、泰ちゃんと並んで、アルコールランプの炎を見つめながら、考えていた。
お弁当がすんで、みんなで、丸く並べた机やいすを片付けると、講堂は広くなる。トットちゃんは、「今日は、真っ先に、校長先生に、よじのぼうろう」と決めていた。いつもそう思ってるんだけど、ちょっと油断すると、もう、誰かが、講堂の真ん中に、胡坐をかいてる先生の足の間に入り込んでいて、背中には、二人ぐらい、よじ登って、さわいでいて、そして校長先生は、「おい、よせよ、よせよ!」と真っ赤な顔で笑いながらいうんだけど、その子達は、一度、占領した先生の体から、はなれまい、と必死だった。だから、ちょっと遅くなると、もう、小柄な校長先生の体は、大混雑なのだった。でも、今日、トットちゃんは決めたから、先生が来る前から、その場所……講堂の真ん中……に、立って待っていた。そして、先生が歩いてくると、こう叫んだ。「ねえ、先生、はなし、はなし!!」先生は、あぐらをかくために、すわりながら、うれしそうに聞いた。「なんだい?はなしって」トットちゃんは、数日前から、心に思ってることを、いま、はっきり先生に、言おうとしていた。先生が、あぐらをかくと、突然、トットちゃんは、(今日は、よじのぼるのは、やめよう)と思った。こういう話は、ちゃんと、向かい合うのが、適当、という風に考えたからだった。だから、トットちゃんは、先生に向かい合い、くっついて正座した。そして、顔をしこしまげた。ちいさいときから、「いいお顔!」と、ママなんかに言われている顔をした。それは、歯を少し見せて笑う、よそゆきの顔だった。この顔のときは、自信があり、いい子だと、自分でも思っているときだった。先生は、膝を、のり出すようにして聞いた。「なんだい?」トットちゃんは、まるで、先生の、お姉さんか、お母さんのように、ゆっくりと、やさしく、いった。「私、大きくなったら、この学校の先生に、なってあげる。必ず」先生は、笑うかと思ったら、そうじゃなく、まじめな顔をして、トットちゃんに聞いた。「約束するかい?」先生の顔は、本当に、トットちゃんに、「なってほしい」と思ってるように見えた。トットちゃんは、大きくうなずくと、「約束!」と、いった。いいながら、(本当に。絶対に、なる!)と自分にも、いいきかせた。この瞬間、はじめて、トモエに来た朝のこと……ずいぶんむかしに思えるけど、あの一年生のときの……始めて、先生に、校長室で逢ったときの事を思い出していた。先生は、四時間も、自分お話を、ちゃんと聞いてくれた。あとにも、先にも、トットちゃんの話を、四時間も、聞いてくれた、おとなは、いなかった。そして、話が終わったとき、「今日から、君は、もう、この学校の生徒だよ」って、いってくださったときの、先生の、あったかい声。いま、トットちゃんは、あのときより、もっと、(小林先生は、大好きだ)と思っていた。そして、先生のために働くこと、先生のためになることなら、何でもしようと心に決めていた。先生は、トットちゃんの決心を聞くと、いつものように、歯の抜けた口を、恥ずかしそうにしないで、見せて、うれしそうに、笑った。トットちゃんは、先生の目の前に、小指を突き出した。「約束!」先生も小指を出した。短いけど、力強そうな、信頼できそうな、先生の小指だった。トットちゃんと、先生は、指きりゲンマン!をした。先生は笑っていた。トットちゃんも、先生がうれしそうなのを見て、安心して、笑った。トモエの先生になる!! なんて、すばらしいことだろう。(私が、先生になったら……)トットちゃんが、いろいろ想像して、思いついたことは、次のようなことだった。「勉強は、あんまり、やらないでさ。運動会とか、ハンゴウスイサンとか、野宿とか、いっぱいやって、それから、散歩!」小林先生は、よろこんでいた。大きくなったトットちゃんを想像するのは、難しかったけど、きっと、トモエの先生になれるだろう、と考えていた。そして、どの子も、トモエを卒業した子は、小さい子供の心を忘れるはずはないのだから、どの子も、トモエの先生になれるはずだと考えていた。日本の空は、いつアメリカの飛行機が爆弾をつんで、姿を見せるか、それは、時間の問題、といわれているとき、この、電車が校庭に並んでいるトモエの学園の中では、校長先生と、生徒と、十年以上も先の、約束を、していた。
たくさんの兵隊さんが死に、食べ物が無くなり、みんなが恐ろしい気持ちで暮らしていても、夏は、いつもと同じように、やって来た。太陽は、戦争に勝ってる国にも、負けてる国にも、同じように、光を送ってきた。トットちゃんは、今、鎌倉の、おじさまの家から、夏休みが終わるので、東京の自分の家に帰ってきたところだった。トモエでの、楽しかった野宿や、土肥温泉への旅などは、何も出来なかった。学校のみんなと一緒のあの夏休みは、二度と味わえそうになかった。そして、毎年、いとこたちと過ごす鎌倉の家も、いつもの夏とは、全く違っていた。毎年、みんなが、怖くてないちゃうくらい上手に、怪談をしてくれた親戚の大きいお兄さんが、兵隊に行ってしまった。だから、もう、怪談は、無しだった。それから、アメリカでの、いろんな生活の話を、本当か嘘か、わからないくらい面白く話してくれる、おじさまも、戦地だった。この、おじさまは、第一級の報道力メラマンで、名前を、田口修治といった。でも、「日本ニュース」のニューヨーク支社長や「アメリカ?メトロニュース」の極東代表をしてからは、シュウ?タグチ、としてのほうが有名だった。この人は、トットちゃんのパパのすぐ上のお兄さんで、本当の兄弟だけど、パパだけが、パパのお母さんの家の姓をついだので、名前が違うわけで、本当なら、パパも、「田口さん」になるはずだったんだけど。この、おじさまの写した「ラバウル攻防戦」とか、その他の、いろんなニュース映画は、次々と映画館で上映されていたけど、戦地から、フィルムだけが送られてくるのだから、おばさまや、いとこたちは、心配していた。なぜって、報道力メラマンは、いつも、みんなの危険なところを撮るのだから、みんなより、もっと先に行って、振り返って待っていて写さなければ、ならないからだった。後から行ったのでは、みんなの後姿しか、撮れないからだった。道がなければ、みんなより先に、道のないところを、かきわけて、先か、または、横に行って撮るのが仕事だった。みんなの作ってくれた道を行ったのでは、こういう戦争中のニュースは撮れないのだと、親戚の大人たちは、話していた。鎌倉の海岸も、なんとなく、心細そうだった。そんな中で、おかしかったのは、この、おじさまの家の一番上の男の子の、寧っちゃん、という子だった。トットちゃんより、一歳くらい下だったけど、寝る前に、トットちゃんや、ほかの子供たちの寝るカヤの中で、「天皇陛下、ばんざい!!」といって、ばったり倒れて戦死する兵隊さんも、まねを、何度も真剣にやるんだけど、それをやった晩は、なぜか、必ず、ねぼけて、夜中に、縁側から落ちて、大騒ぎに、なるのだった。トットちゃんのママは、パパの仕事があるので、パパと東京だった。さて、夏休みが終わる今日、ちょうど、東京に帰る大きい親戚のお姉さんが来ていたので、トットちゃんは、いま、家までつれて帰ってきていただいたところだった。
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