第19章

小说:挪威的森林(中日双语版)作者:村上春树字数:3503更新时间 : 2017-07-31 14:04:03

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わかるか?」



     「なんだかゲームみたいと聞こえますね」



     「そうだよ。ゲームみたいなもんさ。俺には権力欲とか金銭欲とかいうものは殆どない。本当だよ。俺は下らん身勝手な男かもしれないけど、そういうものはびっくりするくらいないんだ。いわば無私無欲の人間だよ。ただ好奇心があるだけなんだ。そして広いタフな世界で自分の力をためしてみたいんだ」



     「そして理想というようなものも持ち合わせてないんでしょうね?」



     「もちろんない」と彼は言った。「人生にはそんなもの必要ないんだ。必要なものは理想ではなく行動規範だ」



     「でも、そうじゃない人生もいっぱいあるんじゃないですかね?」と僕は訊いた。



     「俺のような人生はすきじゃないか?」



     「よして下さいよ」と僕は言った。「好きも嫌いもありませんよ。だってそうでしょう、僕は東大に入れるわけでもないし、好きな時に好きな女と寝られるわけでもないし、弁が立つわけでもない。他人から一目おかれているわけでもなきゃ、恋人がいるでもない。二流の私立大学の文学部を出たって将来の展望があるわけでもない。僕に何が言えるんですか?」



     「じゃ俺の人生がうらやましいか?」



     「うらゃましかないですね」と僕は言った。「僕はあまりに僕自身に馴れすぎてますからね。それに正直なところ、東大にも外務省にも興味がない。ただひとつうらやましいのはハツミさんみたいに素敵な恋人を持ってることですね」



     彼はしばらく黙って食事をしていた。



     「なあ、ワタナベ」と食事が終わってから永沢さんは僕に言った。「俺とお前はここを出て十年だか二十年だか経ってからまたどこかで出会いそうな気がするんだ。そして何かのかたちでかかわりあいそうな気がするんだ」



     「まるでディッケンズの小説みたいな話ですね」と言って僕は笑った。



     「そうだな」と彼も笑った。「でも俺の予感ってよく当たるんだぜ」



     食事のあとで僕と永沢さんは二人で近くのスナック?バーに酒に飲みに行った。そして九時すぎまでそこで飲んでいた。



     「ねえ、永沢さん。ところであなたの人生の行動規範っていったいどんなものなんですか?」と僕は訊いてみた。



     「お前、きっと笑うよ」と彼は言った。



     「笑いませんよ」と僕は言った。



     「紳士であることだ」



      僕は笑いはしなかったけれどあやうく椅子から転げ落ちそうになった。「紳士ってあの紳士ですか?」



     「そうだよ、あの紳士だよ」と彼は言った。



     「紳士であることって、どういうことなんですか?もし定義があるなら教えてもらえませんか」



     「自分がやりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」



     「あなたは僕がこれまで会った人の中で一番変った人ですね」と僕は言った。



     「お前は俺がこれまで会った人間の中で一番まともな人間だよ」と彼は言った。そして勘定を全部払ってくれた。



    



    *



    



     翌週の月曜日の「演劇史Ⅱ」の教室にも小林緑の姿はみあたらなかった。僕は教室の中をざっと見まわして彼女がいないことをたしかめてからいつもの最前列の席に座り、教師がくるまで直子への手紙を書くことにした。僕は夏休みの旅行のことを書いた。歩いた道筋や、通り過ぎた町町や、出会った人々について書いた。そして夜になるといつも君のことを考えていた、と。君と会えなくなって、僕は自分がどれくらい君を求めていたかということがわかるようになった。大学は退屈きわまりないが、自己訓練のつもりできちんと出席して勉強している。君がいなくなってから、何をしてもつまらなく感じるようになってしまった。一度君に会ってゆっくり話がしたい。もしできることならその君の入っている療養所をたずねて、何時間かでも面会したいのだがそれは可能だろうか?そしてもしできることならまた前のように二人で並んで歩いてみたい。迷惑かもしれないけれど、どんな短い手紙でもいいから返事がほしい。



     それだけ書いてしまうと僕はその四枚の便せんをきれいに畳んで用意した封筒に入れ、直子の実家の住所を書いた。



     やがて憂鬱そうな顔をした小柄な教師が入ってきて出欠をとり、ハンカチで額の汗を拭いた。彼は足が悪くいつも金属の杖をついていた。「演劇史Ⅱ」は楽しいとは言えないまでも、一応聴く価値のあるきちんとした講義だった。あいかわらず暑いですねえと言ってから、彼はエウリピデスの戯曲におけるデウス?エクス?マキナの役割について話しはじめた。エウリピデスにおける神が、アイスキュロスやソフォクレスのそれとどう違うかについて彼は語った。十五分ほど経ってところで教室のドアが開いて緑が入ってきた。彼女は濃いブルーのスポーツ?シャツにクリーム色の綿のズボンをはいて前と同じサングラスをかけていた。彼女は教師に向かって「遅れてごめんなさい」的な微笑を浮かべてから僕のとなりに座った。そしてショルダー?バッグからノートをだして、僕に渡した。ノートの中には「水曜日、ごめんなさい。怒ってる?」と書いたメモが入っていた。



     講義が半分ほど進み、教師が黒板にギリシャ劇の舞台装置の絵を描いているところに、またドアが開いてヘルメットをかぶった学生が二人入ってきた。まるで漫才のコンビみたいな二人組だった。一人はひょろりとして高い方がアジ?ビラを抱えていた。背の低い方が教師のところに行って、授業の後半を討論にあてたいので了承していただきたい。ギリシャ悲劇よりもっと深刻な問題が現在の世界を覆っているのだと言った。そして机のふちをぎゅっとつかんで足を下におろし、杖をとって足をひきずりながら教室を出て行った。



     背の高い学生がビアを配っているあいだ、丸顔の学生が壇上に立って演説をした。ビアにはあのあらゆる事象を単純化する独特の簡潔な書体で「欺瞞的総長選挙を粉砕し」「あらたなる全学ストへと全力を結集し」「日帝=産学協同路線に鉄槌を加える」と書いてあった。説は立派だったし、内容にとくに異論はなかったが、文章の説得力はなかった。信頼性もなければ、人の心を駆り立てる力もなかった。丸顔の演説も似たりよったりだった。いつもの古い唄だった。メロディーが同じで、歌詞のてにをはが違うだけだった。この連中の真の敵は国家権力ではなく想像力の欠如だろうと僕は思った。



     「出ましょうよ」と緑は言った。



     僕は肯いて立ちあがり、二人で教室をでた。出るときに丸顔の方が僕に何か言ったが、何を言ってるのかよくわからなかった。緑は「じゃあね」と言って彼にひらひらと手を振った。



     「ねえ、私たち反革命なのかしら?」と教室を出てから緑が僕に言った。「革命が成就したら、私たち電柱に並んで吊るされるのかしら?」



     「吊るされる前にできたら昼飯を食べておきたいな」と僕は言った。



     「そうだ、少し遠くだけれどあなたをつれていきたい店があるの。ちょっと時間がかかってもかまわないかしら?」



     「いいよ。二時からの授業まではどうせ暇だから」



     緑は僕をつれてバスに乗り、四ツ谷まで行った。彼女のつれていってくれた店は四ツ谷の裏手の少し奥まったところにある弁当屋だった。我々がテーブルに座ると、何も言わないうちに朱塗りの四角い容器に入った日変りの弁当と吸物の椀が運ばれてきた。たしかにわざわざバスに乗って食べにくる値打のある店だった。



     「美味いね」



     「うん。それに結構安いのよ。だから高校のときからときどきここにお昼食べに来てたのよ。

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