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食事が終ると彼女は食器をかたづけ、テーブルの上を拭き、どこかからマルボロの箱を持ってきて一本くわえ、マッチで火をつけた。そして水仙をいけたグラスを手にとってしばらく眺めた。
「このままの方がいいみたいね」と緑は言った。「花瓶に移さなくていいみたい。こういう風にしてると、今ちょっとそこの水辺で水仙をつんできてとりあえずグラスにさしてあるっていう感じがするもの」
「大塚駅の前の水辺でつんできたんだ」と僕は言った。
緑はくすくす笑った。「あなたって本当に変ってるわね。冗談なんかいわないって顔して冗談言うんだもの」
緑は頬杖をついて煙草を半分吸い、灰皿にぎゅっとすりつけるようにして消した。煙が目に入ったらしく指で目をこすっていた。
「女の子はもう少し上品に煙草を消すもんだよ」と僕は言った。「それじゃ木樵女《きこりおんな》みたいだ。無理に消そう思わないでね、ゆっくりまわりの方から消していくんだ。そうすればそんなにくしゃくしゃならないですむ。それじゃちょっとひどすぎる。それからどんなことがあっても鼻から煙を出しちゃいけない。男と二人で食事しているときに三ヶ月一枚のブラジャーでとおしたなんていう話もあまりしないね、普通の女の子は」
「私、木樵女なのよ」と緑は鼻のわきを掻きながら言った。「どうしてもシックになれないの。ときどき冗談でやるけど身につかないの。他に言いたいことある?」
「マルボロは女の子の吸う煙草じゃないね」
「いいのよ、べつに。どうせ吸ったって同じくらいまずいんだもの」と彼女は言った。そして手の中でマルボロの赤いハード?パッケージをくるくるとまわした。「先月吸いはじめたばかりなの。本当はとくに吸いたいわけでもないんだけど、ちょっと吸ってみようかなと思ってね、ふと」
「どうしてそうと思ったの?」
緑はテーブルの上に置いた両手をぴたりとあわせてしばらく考えていた。「どうしてもよ。ワタナベ君は煙草吸わないの?」
「六月にやめたんだ」
「どうしてやめたの?」
「面倒臭かったからだよ。夜中に煙草が切れたときの辛さとか、そういうのがさ。だからやめたんだ。何かにそうんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」
「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのね、きっと」
「まあそうかもしれないな」と僕は言った。「多分そのせいで人にあまり好かれないんだろうね。昔からそうだな」
「それはね、あなたが人に好かれなくったってかまわないと思っているように見えるからよ。だからある種の人は頭にくるんじゃないかしら」と彼女は頬杖をつきながらもそもそした声で言った。「でも私あなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。『何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ』」
僕は彼女が食器を洗うのを手伝った。僕は緑のとなりに立って、彼女の洗う食器をタオルで拭いて、調理台の上に積んでいった。
「ところで家族の人はみんな何処に行っちゃったの、今日は?」と僕は訊いてみた。
「お母さんはお墓の中よ。二年前死んだの。」
「それ、さっき聞いた」
「お姉さんは婚約者とデートしてるの。どこかドライブに行ったんじゃないかしら。お姉さんの彼はね自動車会社につとめてるの。だから自動車大好きで。私ってあんまり車好きじゃないんだけど。」
「緑はそれから黙って皿を洗い、僕も黙ってそれを拭いた。
「あとはお父さんね」と少しあとで緑は言った。
「そう」
「お父さんは去年の六月にウルグアイに行ったまま戻ってこないの」
「ウルグアイ?」と僕はびっくりして言った。「なんでまたウルグアイなんかに?」
「ウルグアイに移住《いじゅう》しようとしたのよ、あのひと。馬鹿みたいな話だけど。軍隊のときの知りあいがウルグアイに農場持ってて、そこに行きゃなんとでもなるって急に言いだして、そのまま一人で飛行機乗って行っちゃったの。私たち一生懸命とめたのよ、そんなところ行ったってどうしようもないし、言葉もできないし、だいいちお父さん東京から出たことだってロクにないじゃないのって。でも駄目だったわ。きっとあの人、お母さんを亡くしたのがものすごいショックだったのね。それで頭のタガが外れちゃったのよ。それくらいあの人、お母さんのことを愛してたのよ。本当よ。」
僕はうまく木槌《きづち》が打てなくて、口をあけて緑を眺めていた。
「お母さんが死んだとき、お父さんが私とお姉さんに向かってなんて言ったか知ってる?こう言ったのよ。『俺は今とても悔しい。俺はお母さんを亡くするよりはお前たち二人を死なせたほうがずっと良かった』って。私たち唖然として口もきけなかったわ。だってそう思うでしょう?いくらなんでもそんな言い方ってないじゃない。そりゃね、最愛の伴侶を失った辛さ哀しさ苦しみ、それはわかるわよ。気の毒だと思うわよ。でも実の娘に向かってお前らがかわりにしにゃあよかったんだってのはないと思わない?それはちょっとひどすぎるとおもわない?」
「まあ、そうだな」
「私たちだって傷つくわよ」と緑は首を振った。「とにかくね、うちの家族ってみんなちょっと変ってるのよ。どこか少しずつずれてんの」
「みたいだね」と僕も認めた。
「でも人と人が愛しあうって素敵なことだと思わない?娘に向かってお前らが代わりに死にゃよかったんだなんて言えるくらい奥さんを愛せるなんて?」
「まあそう言われてみればそかもしれない」
「そしてウルグアイに行っちゃったの。私たちをひょい放り捨てて」
僕は黙って皿を拭いた。全部の皿を拭いてしまうと緑は僕が拭いた食器を棚にきちんとしまった。
「それでお父さんからは連絡ないの?」と僕は訊いた。
「一度だけ絵ハガキが来たわ。去年の三月に。でもくわしいことは何も書いてないの。こっちは暑いだとか、思ったほど果物がうまくないだとか、そんなことだけ。まったく冗談じゃないわよねえ。下らないロバの写真の絵ハガキで。頭がおかしいのよ、あの人。その友だちだか知りあいだかに会えたかどうかさえ書いてないの。終わりの方にももう少し落ちついたら私とお姉さんを呼びよせるって書いてあったけど、それっきり音信不通。こっちから手紙出しても返事も来やしないし」
「それでもしお父さんがウルグアイに来いて言ったら、君どうするの?」
「私は行ってみるわよ。だって面白そうじゃない。お姉さんは絶対に行かないって。うちのお姉さんは不潔なものとか不潔な場所とかが大嫌いなの」
「ウルグアイってそんなに不潔なの?」
「知らないわよ。でも彼女はそう信じてるの。道はロバのウンコいっぱいで、そこに蝿がいっぱいたかって、水洗《すいせん》便所の水はろくに流れなくて、トカゲやらサソリやらがうようよいるって。そういう映画をどこかで見たんじゃないかしら。お姉さんって虫も大嫌いなの。お姉さんの好きなのはチャラチャラした車に乗って湘南あたりをドライブすることなの」
「ふうん」
「ウルグアイ、いいじゃない。私は行ってもいいわよ」
「それじゃこのお店は今誰がやってるの?」と僕は訊いてみた。
「お姉さんがいやいややってるの。
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