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「耳遠いから、もっと大きな声で呼ばんと聞こえへんよ」と女の子は京都弁で言った。
「ペペッ!」と僕は大きな声で呼ぶと、犬は目を開けてすくっと身を起こし、ワンッと吠えた。
「よしよし、もうええからゆっくり寝て長生きしなさい」と女の子が言うと、ぺぺはまた僕の足もとにごろんと寝転んだ。
直子とレイコさんはアイス?ミルクを注文し、僕はビールを注文した。レイコさんは女の子にFMをつけてよと言って、女の子はアンプのスイッチを入れてFM放送をつけた。プラット?スウェット?アンド?ティアーズが『スピニング?ホイール』を唄っているのが聴こえた。
「私、実を言うとFMが聴きたくてここに来てんのよ」とレイコさんは満足そうに言った。「何しろうちはラジオもないし、たまにここに来ないと今世間でどんな音楽かかってるのかわかんなくなっちゃうのよ」
「ずっとここに泊ってるの?」と僕は女の子に聴いてみた。
「まさか」と女の子は笑って答えた。「こんなところに夜いたら淋しくて死んでしまうわよ。夕方に牧場の人にあれで市内まで送ってもらうの。それでまた朝に出てくるの」彼女はそう言って少し離れたところにある牧場のオフィスの前に停まった四輪駆動車を指さした。
「もうそろそろここも暇なんじゃないの?」とレイコさんが訊ねた。
「まあぼちぼちおしまいやわねえ」と女の子は言った。レイコさんは煙草をさしだし、彼女たちは二人で煙草を吸った。
「あなたいなくなると淋しいわよ」とレイコさんは言った。
「来年の五月にまた来るわよ」と女の子は笑って言った。
クリームの『ホワイト?ルーム』がかかり、コマーシャルがあって、それからサイモン?アンド?カーファンクルの『スカボロ?フェア』がかかった。曲が終るとレイコさんは私この歌すきよと言った。
「この映画観ましたよ」と僕は言った。
「誰が出てるの?」
「ダスティン?ホフマン」
「その人知らないわねえ」とレイコさんは哀しそうに首を振った。「世界はどんどん変っていくのよ、私の知らないうちに」
レイコさんは女の子にギターを貸してくれないかと言った。いいわよと女の子は言ってラジオのスイッチを切り、奥から古いギターを持ってきた。犬が顔を上げてギターの匂いをくんくんと嗅いだ。「食べものじゃないのよ、これ」とレイコさんが犬に言い聞かせるように言った。草の匂いのする風がポーチを吹き抜けていった。山の稜線がくっきりと我々の眼前に浮かび上がっていた。
「まるで『サウンド?オブ?ミュージック』のシーンみたいですね」と僕は調弦をしているレイコさんに言った。
「何よ、それ?」彼女は言った。
彼女は『スカボロ?フェア』の出だしのコードを弾いた。楽譜なしではじめて弾くらしく最初のうちは正確なコードを見つけるのにとまどっていたが、何度か試行錯誤をくりかえしているうちに彼女はある種の流れのようなものを捉え、全曲をとおして弾けるようになった。そして三度目にはところどころ装飾音を入れてすんなりと弾けるようになった。「勘がいいのよ」とレイコさんは僕に向ってウインクして、指で自分の頭を指した。「三度聴くと、楽譜がなくてもだいたいの曲は弾けるの」
彼女はメロディーを小さくハミングしながら『スカボロ?フェア』を最後まできちんと弾いた。僕らは三人で拍手をし、レイコさんは丁寧に頭を下げた。
「昔モーツァルトのコンチェルト弾いたときはもっと拍手が大きかったわね」と彼女は言った。
店の女の子が、もしビートルズの『ヒア?カムズ?ザ?サン』を弾いてくれたらアイス?ミルクのぶん店のおごりにするわよと言った。レイコさんは親指をあげてOKのサインを出した。それから歌詞を唄いながら『ヒア?カムズ?ザ?サン』を弾いた。あまり声量がなく、おそらくは煙草の吸いすぎのせいでいくぶんかすれていたけれど、存在感のある素敵な声だった。ビールを飲みながら山を眺め、彼女の唄を聴いていると、本当にそこから太陽がもう一度顔をのぞかせそうな気がしてきた。それはとてもあたたかいやさしい気持だった。
『ヒア?カムズ?ザ?サン』を唄い終ると、レイコさんはギターを女の子に返し、またFM放送をつけてくれと言った。そして僕と直子に二人でこのあたりを一時間ばかり歩いていらっしゃいよと言った。
「私、ここでラジオ聴いて彼女とおしゃべりしてるから、三時までに戻ってくれば、それでいいわよ」
「そんなに長く二人きりになっちゃってかまわないんですか?」と僕は訊いた。
「本当はいけないんだけど、まあいいじゃない。私だってつきそいばあさんじゃないんだから少しはのんびりしたいわよ、一人で。それにせっかく遠くから来たんだからつもる話もあるんでしょう?」とレイコさんは新しい煙草に火をつけながら言った。
「行きましょうよ」と直子が言って立ち上がった。
僕も立ち上がって直子のあとを追った。犬が目をさましてしばらく我々のあとをついてきたが、そのうちにあきらめてもとの場所に戻っていた。我々は牧場の柵に沿って平坦な道をのんびりと歩いた。ときどき直子は僕の手を握ったり、腕をくんだりした。
「こんな風にしてるとなんだか昔みたいじゃない?」と直子は言った。
「あれは昔じゃないよ。今年の春だぜ」と僕は笑って言った。「今年の春までそうしてたんだ。あれが昔だったら十年前は古代史になっちゃうよ」
「古代史みたいなものよ」と直子は言った。「でも昨日ごめんなさい。なんだか神経がたかぶっちゃって。せっかくあなたが来てくれたのに、悪かったわ」
「かまわないよ。たぶんいろんな感情をもっともっと外に出し方がいいんだと思うね、君も僕も。だからもし誰かにそういう感情をぶっつけたいんなら、僕にぶっつければいい。そうすればもっとお互いを理解できる」
「私を理解して、それでそうなるの?」
「ねえ、君はわかってない」と僕は言った。「どうなるかといった問題ではないんだよ、これは。世の中には時刻表を調べるのが好きで一日中時刻表読んでいる人がいる。あるいはマッチ棒をつなぎあわせて長さ一メートルの船を作ろうとする人だっている。だから世の中に君のことを理解しようとする人間が一人くらいいたっておかしくないだろう?」
「趣味のようなものかしら?」と直子はおかしそうに言った。
「趣味と言えば言えなくもないね。一般的に頭のまともな人はそういうのを好意とか愛情とかいう名前で呼ぶけれど、君は趣味って呼びたいんならそう呼べばいい」
「ねえ、ワタナベ君」と直子が言った。「あなたキズキ君のことも好きだったんでしょう?」
「もちろん」と僕は答えた。
「レイコさんはどう?」
「あの人も大好きだよ。いい人だね」
「ねえ、どうしてあなたそういう人たちばかり好きになるの?」と直子は言った。「私たちみんなどこかでねじまがって、よじれて、うまく泳げなくて、どんどん沈んでいく人間なのよ。私もキズキ君もレイコさんも。みんなそうよ。どうしてもっとまともな人を好きにならないの?」
「それは僕にはそう思えないからだよ」僕は少し考えてからそう答えた。「君やキズキやレイコさんがねじまがってるとはどうしても思えないんだ。ねじまがっていると僕が感じる連中はみんな元気に外で歩きまわってるよ」
「でも私たちねじまがってるのよ。私にはわかるの」と直子は言った。
我々はしばらく無言で歩いた。
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