第90章

小说:挪威的森林(中日双语版)作者:村上春树字数:3522更新时间 : 2017-07-31 14:04:07

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これ食えよ、と彼は言った。下の方のは海苔巻きと稲荷だから明日のぶんにしろよ、と彼は言った。彼は一升瓶の酒を自分のグラスに注ぎ、僕のグラスにも注いた。僕は礼を言ってたっぷりと二人分はある寿司を食べた。それからまた二人で酒を飲んだ。もうこれ以上飲めないというところまで飲んでしまうと、彼は自分の家に来て泊まれと僕に言ったが、ここで一人で寝ている方がいいと言うと、それ以上は誘わなかった。そして別れ際にポケットから四つに折った五千円札を出して僕のシャツのポケットにつっこみ、これで何か栄養のあるものでも食え、あんたひどい顔してるから、と言った。もう十分よくしてもらったし、これ以上金までもらうわけにはいかないと断ったが、彼は金を受けとろうとはしなかった。仕方なく礼を言って僕はそれを受け取った。



    漁師が行ってしまったあとで、僕は高校三年のとき初めて寝たガール?フレンドのことをふと考えた。そして自分が彼女に対してどれほどひどいことをしてしまったかと思って、どうしようもなく冷えびえとした気持になった。僕は彼女が何をどう思い、そしてどう傷つくかなんて殆んど考えもしなかったのだ。そして今まで彼女のことなんてロクに思い出しもしなかったのだ。彼女はとても優しい女の子だった。でもその当時の僕はそんな優しさをごくあたり前のものだと思って、殆んど振り返りもしなかったのだ。彼女は今何をしているだろうか、そして僕を許してくれているのだろうか、と僕は思った。



    ひどく気分がわるくなって、廃船のわきに僕は嘔吐した。飲み過ぎた酒のせいで頭が痛み、漁師に嘘をついて金までもらったことで嫌な気持になった。そろそろ東京に戻ってもいい頃だなと僕は思った。いつまでもいつまでも永遠にこんなことつづけているわけにはいかないのだ。僕は寝袋を丸めてリュックの中にしまい、それをかついで国鉄の駅まで歩き、今から東京に帰りたいのだがどうすればいいだろうと駅員に訊いてみた。彼は時刻表を調べ、夜行をうまくのりつげば朝に大阪に着けるし、そこから新幹線で東京に行けると教えてくれた。僕は礼を言って、男からもらった五千円札で東京までの切符を買った。列車を待つあいだ、僕は新聞を買って日付を見てみた。一九七○年十月二日とそこにあった。ちょうど一ヶ月旅行をつづけていたわけだった。なんとか現実の世界に戻らなくちゃな、と僕は思った。



    



    一ヶ月の旅行は僕の気持はひっぱりあげてはくれなかったし、直子の死が僕に与えた打撃をやわらげてもくれなかった。僕は一ヶ月前とあまり変りない状態で東京に戻った。緑に電話をかけることすらできなかった。いったい彼女にどう切り出せばいいのかがわからなかった。なんて言えばいいのだ?全ては終わったよ、君と二人で幸せになろ――そう言えばいいのだろうか?もちろん僕にはそんなことは言えなかった。しかしどんな風に言ったところで、どんな言い方をしたところで、結局語るべき事実はひとつなのだ。直子は死に、緑は残っているのだ。直子は白い灰になり、緑は生身の人間として残っているのだ。



    僕は自分自身を穢れにみちた人間のように感じた。東京に戻っても、一人で部屋の中に閉じこもって何日かを過ごした。僕の記憶の殆んどは生者にではなく死者に結びついていた。僕が直子のためにとって置いたいくつかの部屋の鎧戸を下ろされ、家具は白い布に覆われ窓枠にはうっすらとほこりが積っていた。僕は一日の多くの部分をそんな部屋の中で過ごした。そして僕はキズキのことを思った。おいキズキ、お前はとうとう直子を手に入れたんだな、と僕は思った。まあいいさ、彼女はもともとお前のものだったんだ。結局そこが彼女の行くべき場所だったのだろう、たぶん。でもこの世界で、この不完全な生者の世界で、俺は直子に対して俺なりのベストを尽くしたんだよ。そして俺は直子と二人でなんとか新しい生き方をうちたてようと努力したんだよ。でもいいよ、キズキ。直子はお前にやるよ。直子はお前の方を選んだんだものな。彼女自身の心みたいに暗い森の奥で直子は首をくくったんだ。なあキズキ、お前は昔俺の一部を死者の世界にひきずりこんでいった。そして今、直子が俺の一部を死者の世界にひきずりこんでいった。ときどき俺は自分が博物館の管理人になったような気がするよ。誰一人訪れるものもないがらんとした博物館でね、俺は自身のためにそこの管理人をしているんだ。



    *



    東京に戻って四日目にレイコさんからの手紙が届いた。封筒には速達切手が貼ってあった。手紙の内容は至極簡単なものだった。あなたとずっと連絡がとれなくてとても心配している。電話をかけてほしい。朝の九時と夜の九時にこの電話番号の前で待っている。



    僕は夜の九時にその番号をまわしてみた。すぐにレイコさんが出た。



    「元気?」と彼女が訊いた。



    「まずまずですね」と僕は言った。



    「ねえ、あさってにでもあなたに会いに行っていいかしら?」



    「会いに来るって、東京に来るんですか?」



    「ええ、そうよ。あなたと二人で一度ゆっくりと話がしたいの」



    「じゃあ、そこを出ちゃうんですか、レイコさんは?」



    「出なきゃ会いに行けないでしょう」と彼女は言った。「そろそろ出てもいい頃よ。だってもう八年もいたんだもの。これ以上いたら腐っちゃうわよ」



    僕はうまく言葉が出てこなくて少し黙っていた。



    「あさっての新幹線で三時ニ十分に東京に着くから迎えに来てくれる?私の顔はまだ覚えてる?それとも直子が死んだら私になんて興味なくなっちゃったかしら?」



    「まさか」と僕は言った。「あさっての三時二十分に東京駅に迎えに行きます」



    「すぐわかるわよ。ギター?ケース持った中年女なんてそんなにいないから」



    



    たしかに僕は東京駅ですぐレイコさんをみつけることができた。彼女は男もののツイードのジャケットに白いズボンをはいて赤い運動靴をはき、髪をあいかわらず短くてところどころとびあがり、右手に茶色い革の旅行鞄を持ち、左手は黒いギター?ケースを下げていた。彼女は僕を見ると顔のしわをくしゃっと曲げて笑った。レイコさんの顔を見ると僕も自然に微笑んでしまった。僕は彼女の旅行鞄を持って中央線の乗り場まで並んで歩いた。



    「ねえワタナベ君、いつからそんなひどい顔してる?それとも東京では最近そういうひどい顔がはやってるの?」



    「しばらく旅行してたせいですよ。あまりロクなもの食べなかったから」と僕は言った。「新幹線はどうでした?」



    「あれひどいわね。窓開かないんだもの。途中でお弁当買おうと思ってたのにひどい目にあっちゃった」



    「中で何か売りに来るでしょう?」



    「あのまずくて高いサンドイッチのこと?あんなもの飢え死にしかけた馬だって残すわよ。私ね、御殿場で鯛めしを買って食べたのが好きだったの」



    「そんなこと言ってると年寄り扱いされますよ」



    「いいわよ、私年寄りだもの」とレイコさんは言った。



    吉祥寺まで行く電車の中で、彼女は窓の外の武蔵野の風景を珍しそうにじっと眺めていた。



    「八年もたつと風景も違っているものですか?」と僕は訊いた。



    「ねえワタナベ君。私が今どんな気持かわかんないでしょう?」



    「怖くって怖くって気が狂いそうなのよ。どうしていいかわかんないのよ。一人でこんなところに放り出されて」とレイコさんは言った。「でも<気が狂いそう>って素敵な表現だと思わない?」



    僕は笑って彼女の手を握った。「でも大丈夫ですよ。レイコさんはもう全然心配ないし、それに自分の力で出てきたんだもの」



    「私があそこを出られたのは私の力のせいじゃないわよ」とレイコさんは言った。「私があそこを出られたのは、直子とあなたのおかげなのよ。

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