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古いけど、ママが、この洋服を気に入ってる、と知っているトットちゃんは、一生懸命に考えた。つまり、「テツジョウモウをもぐってて破けた」といっては、ママに気の毒だから、なんか嘘をついてでも、「どうしても破けるのは仕方がなかった」という風に説明したほうがいい、と考えたのだった。やっと思いついた嘘を、家に帰るなり、トットちゃんは、ママに言った。「さっきさ、道歩いてたら、よその子が、みんなで、私の背中にナイフ投げたから、こんなに破けたの」いいながら、(ママが、いろいろ、詳しく聞いたら困るな)と思っていた。ところが、嬉しいことに、ママは、「あら、そう、大変だったわね」といっただけだった。「ああ、よかった」と、トットちゃんは安心して、(これなら、ママの好きな洋服が破れたのも仕方がなかった……って、ママにもわかってもらえた)と思った。勿論、ママはナイフで破けたなんて話を信じたわけではなかった。だいたい、後ろからナイフを背中に投げて、体に怪我もしないで、洋服だけビリビリになるなんてことは、あり得なかったし、第一、トットちゃんが、全然、怖かった、という風でもないのだから、すぐ嘘とわかった。でも、なんとなく、トットちゃんにしては、言い訳をするなんて、いつもと違うから、きっと洋服のことを気にしてるに違いない、と考え、(いい子だわ)と思った。ただ、ママは、前から聞きたい、と思っていたことを、この際、トットちゃんに聞いてみようと思って、いった。「洋服が、ナイフとか、いろんなもので破けるのは、わかるけど、パンツまで、毎日、毎日、ジャキジャキになるの?」木綿のレースなんかがついているゴム入りの白いパンツのお尻のあたりが、毎日、破けているのが、ママには、ちょっとわからなかった。(パンツが泥んことか、すれてる程度なら、おすべりとか、しりもちとかで、そうなった、とわかるけど、ビリビリになるのは、どうしてかしら?)トットちゃんは、すこし考えてからいった。「たってさ、もぐるときは、絶対、初めはスカートが引っかかっちゃうんだけど、出るときはお尻からで、そいで、垣根のはじっこから、ずーっと、“ごめんくださいませ”と、“では、さようなら”をやるから、パンツなんか、すぐ破けちゃうんだ!」なんだかわかんないけど、ママは、おかしくなった。「それで、それは面白いの?」ママの質問に、トットちゃんは、びっくりしたような顔で、ママを見て、いった。「ママだって、やってみれば?絶対に面白いから。でさ、ママだって、パンツ破けちゃうと思うんだ!?」トットちゃんが、どんなにスリルがあって楽しいか、という遊びは、こうだった。つまり、テツジョウモウのはってある長い空地の垣根を見つけると、はじのほうから、トゲトゲを持ち上げ、穴を張って中にもぐりこむのが、まず「ごめんくださいませ」で、次に、今、もぐった、ちょっと隣のトゲトゲを、今度は、中から持ち上げ、また穴を掘って、このときは、「では、さようなら」といって、お尻から出る。このとき、つまりお尻から出るときに、スカートがまくれて、パンツがテツジョウモウに引っかかるのだ、と、ママにも、やっとわかった。こんな風に、次々と、穴を掘り、スカートやパンツも引っ掛けながら、「ごめんくださいませ」そして、「では、さようなら」をくり返す。つまり上から見ていたら、垣根の、はしからはしまで、ジグザグに、入ったりでたりするのだから、パンツも破けるわけだった。(それにしても、大人なら、疲れるだけで、何が面白いか、と思えるこういうことが、子供にとっては、本当に楽しいことなんだから、なんて、うらやましいこと……)。ママは、髪の毛は勿論、爪や耳の中まで泥だらけのトットちゃんを見ながら思った。そして、校長先生の、「汚してもかまわない洋服」の提案は、本当に子供のことを、よくわかっている大人の考えだ、といつものことだけど、ママは感心したのだった。
今朝、みんなが校庭で走ったりしてるとき、校長先生が、いった。「新しい友達が来たよ。高橋君だ。一年生の電車の仲間だよ。いいね。」トットちゃん達は、高橋君を見た。高橋君は、帽子を脱いで、おじぎをすると、「こんちは」と、小さい声でいった。トットちゃん達も、まだ一年生で小さかったけど、高橋君は男の子なのに、背がうんと低かったし、手や足も短かった。帽子を握ってる手も小さかった。でも、肩幅はガッシリしていた。高橋君は、心細そうに立っていた。トットちゃんは、ミヨちゃんや、サッコちゃんに、「はなし、してみよう」といって高橋君に近づいた。トットちゃん達が近づくと、高橋君は、人なつっこそうに笑った。だから、トットちゃん達も、すぐ笑った。高橋君の目はクリクリして、何かを話したそうにしている目だった。「電車の教室、見る?」と、トットちゃんが先輩らしく言った。高橋君は、帽子を頭にチョコンと載せると、「うん」といった。トットちゃんは、早く見せたいので、すごい、いきおいで電車の中に入ると、ドアのところで、「早くいらっしゃい!」と呼んだ。高橋君は、忙しそうに歩いていた。でも、まだ、ずーっとむこうのほうにいた。チョコチョコと走るみたいな形で高橋君は言った。「ごめんね、今行くから……」トットちゃんは、小児麻痺の泰明ちゃんみたいに、足を引きずって歩かない高橋君が、なかなか電車に着かないのに気がついた。トットちゃんは、もう叫ばないで、高橋君を見た。高橋君は、一生懸命に、トットちゃんのほうに向かって走っていた。今トットちゃんには、「早く!」っていわなくても、高橋君の急いでいることが、よくわかった。高橋君の足は、とても短くて、ガニ股の形に曲がっていたのだった。先生や大人には、高橋君の身長が、このまま止まってしまう、とわかっていた。高橋君は、トットちゃんが、じーっと見ているのに気がつくと、両手を前後に振りながら、もっと急いだ。そしてドアのところに着くと、「君は早いな」といった。それから、「僕、大阪から来たんだ」といった。「大阪?」トットちゃんは、とても大きな声で、聞き返した。だって、トットちゃんにとって、大阪は、幻の町、まだ見たことのない町だったんだ。というのは、ママの弟で、大学生になる叔父さんは、トットちゃんの家に来ると、トットちゃんの両方の耳のあたりを両手で挟むと、そのままの形で、トットちゃんの体を高く持ち上げて、「大阪見物させてやる。大阪は見えるかい?」と聞くのだった。これは、小さい子と遊んでくれる大人が、よくやるいたずらだったけど、トットちゃんは本気にしたから、顔の皮が、全部、上のほうに伸びて、目もつりあがって、耳も少し痛かったけど、必死にキョロキョロして遠くを見た。いつも大阪は見えなかった。でも、いつかは、見えるのかと思って、その叔父さんが来ると、「大阪見物させて?させて?」と頼んだ。だから、トットちゃんにとって、大阪は、見たことのない、憧れの町なのだった。そこから来た高橋君! 「大阪の話、して?」トットちゃんはいった。高橋君は、嬉しそうに笑った。「大阪の話か……」歯切れのいい、大人っぽい声だった。その時、始業のベルが鳴った。「残念!」と、トットちゃんは、いった。高橋君は、ランドセルにかくれて、見えないくらいの小さい体をゆすりながら、元気に、一番前の席に座った。トットちゃんは、急いで隣に座った。こういうとき、この学校の自由席制度は、ありがたかった。だってトットちゃんは、(離れちゃうのが惜しい)そんな気持ちだったのだから。こうして高橋君も仲間になった。
学校からの帰り道、家の近くまで来たとき、トットちゃんは、道路のはじのほうに、いい物を見つけた。それは、大きい砂の山だった。(海でもないのに砂があるなんて!こんな夢みたいな話って、あるかしら?)すっかり嬉しくなったトットちゃんは、一回、ポン!と高くとびあがってはずみをつけると、それからは、全速力で駆けて行って、その砂の山のてっぺんに、ポン!!と、飛び乗った。ところが、砂の山と思ったのは間違いで、中は、すっかり練った、ねずみ色の壁土だったから、「ズボッ!」という音と同時に、ランドセルに草履袋という形のまま、トットちゃんは、そのネチャネチャの中に銅像のように、胸までつかってしまった。出ようと思っても、もがくと、足のしたがツルツルにすべって、靴が脱げそうになるし、気をつけないと、頭までネチャネチャの中に、埋まってしまう危険もあった。だから、トットちゃんは、左手の草履袋もネチャネチャの中に入れたまま、ずーっと立っていた。
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