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あらためられるところはちゃんとあらためるから」
「別に何もないよ」と僕は少し考えてからそう言って首を振った。「何もない」
「本当?」
「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔払い方も、何でも好きだよ」
「本当にこのままでいいの?」
「どう変えればいいのがかわからないから、そのままでいいよ」
「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
「世界中のジャングルの虎がみんな溶けてバターになってしまうくらい好きだ」と僕は言った。
「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」
僕と緑は彼女の部屋のベッドで抱きあった。雨だれの音を聞きながら布団の中で我々は唇をかさね、そして世界の成りたち方からゆで玉子の固さの好みに至るまでのありとあらゆる話をした。
「雨の日には蟻はいったい何をしているのかしら?」と緑が質問した。
「知らない」と僕は言った。「巣の掃除とか貯蔵品の整理なんかやってるんじゃないかな。蟻ってよく働くからさ」
「そんなに働くのにどうして蟻は進化しないで昔から蟻のままなの?」
「知らないな。でも体の構造が進化に向いてないんじゃないかな。つまり猿なんかに比べてさ」
「あなた意外にいろんなこと知らないのね」と緑は言った。「ワタナベ君って、世の中のことはたいてい知ってるのかと思ってたわ」
「世界は広い」と僕は言った。
「山は高く、海は深い」と緑は言った。そしてバスローブの裾から手を入れて僕の勃起しているペニスを手にとった。そして息を呑んだ。「ねえ、ワタナベ君、悪いけどこれ本当に冗談抜きで駄目。こんな大きくて固いのとても入らんないわよ。嫌だ」
「冗談だろう」と僕はため息をついて言った。
「冗談よ」とくすくす笑って緑は言った。「大丈夫よ。安心しなさい。これくらいならなんとかちゃんと入るから。ねえ、くわしく見ていい?」
「好きにしていいよ」と僕は言った。
緑は布団の中にもぐりこんでしばらく僕のペニスをいじりまわした。皮をひっぱったり、手のひらで睾丸の重さを測ったりしていた。そして布団から首を出してふうっと息をついた。「でも私あなたのこれすごく好きよ。お世辞じゃなくて」
「ありがとう」と僕は素直に礼を言った。
「でもワタナベ君、私とやりたくないでしょ?いろんなことがはっきりするまでは」
「やりたくないわけがないだろう」と僕は言った。「頭がおかしくなるくらいやりたいよ。でもやるわけにはいかないんだよ」
「頑固な人ねえ。もし私があなただったらやっちゃうけどな。そしてやっちゃってから考えるけどな」
「本当にそうする?」
「嘘よ」と緑は小さな声で言った。「私もやらないと思うわ。もし私があなただったら、やはりやらないと思う。そして私、あなたのそういうところ好きなの。本当に本当に好きなのよ」
「どれくらい好き?」と僕は訊いたが、彼女は答えなかった。そして答えるかわりに僕の体にぴったりと身を寄せて僕の乳首に唇をつけ、ペニスを握った手をゆっくりと動かしはじめた。僕が最初に思ったのは直子の手の動かし方とはずいぶん違うなということだった。どちらも優しくて素敵なのだけれど、何かが違っていて、それでまったく別の体験のように感じられてしまうのだ。
「ねえ、ワタナベ君、他の女の人のこと考えてるでしょ?」
「考えてないよ」と僕は嘘をついた。
「本当?」
「本当だよ」
「こうしてるとき他の女の人のこと考えちゃ嫌よ」
「考えられないよ」と僕は言った。
「私の胸かあそこ触りたい?」と緑が訊いた。
「さわりたいけど、まださわらない方がいいと思う。一度にいろんなことやると刺激が強すぎる」
緑は肯いて布団の中でもそもそとパンティーを脱いでそれを僕のペニスの先にあてた。「ここに出していいからね」
「でも汚れちゃうよ」
「涙が出るからつまんないこと言わないでよ」と緑は泣きそうな声で言った。「そんなの洗えばすむことでしょう。遠慮しないで好きなだけ出しなさいよ。気になるんなら新しいの買ってプレゼントしてよ。それとも私のじゃ気に入らなくて出せないの?」
「まさか」と僕は言った。
「じゃあ出しなさいよ。いいのよ、出して」
僕が射精してしまうと、彼女は僕の精液を点検した。「ずいぶんいっぱい出したのね」と彼女は感心したように言った。
「多すぎたかな?」
「いいのよ、べつに。馬鹿ね。好きなだけ出しなさいよ」と緑が笑いながら言って僕にキスした。
夕方になると彼女は近所に買物に行って、食事を作ってくれた。僕らは台所のテーブルでビールを飲みながら天ぷらを食べ、青豆のごはんを食べた。
「沢山食べていっぱい精液を作るのよ」と緑は言った。「そしたら私がやさしく出してあげるから」
「ありがとう」と僕は礼を言った。
「私ね、いろいろとやり方知ってるのよ。本屋やってる頃ね、婦人雑誌でそういうの覚えたの。ほら妊娠中の女の人ってあれやれないから、その期間御主人が浮気しないようにいろんな風に処理してあげる方法が特集してあったの。本当にいろんな方法あるのよ。楽しみ?」
「楽しみだね」と僕は言った。
緑と別れたあと、家に帰る電車の中で僕は駅で買った夕刊を広げてみたが、そんなもの考えてみたらちっとも読みたくなかったし、読んでみたところで何も理解できなかった。僕はそんなわけのわからない新聞の紙面をじっと睨みながら、いったい自分はこれから先どうなっていくんだろう、僕をとりかこむ物事はどう変っていくんだろうと考えつづけた。時折、僕のまわりで世界がどきどきと脈を打っているように感じられた。僕は深いため息をつき、それから目を閉じた。今日いちにち自分の行為に対して僕はまったく後悔していなかったし、もしもう一回今日をやりなおせるとしても、まったく同じことをするだろうと確信していた。やはり雨の屋上で緑をしっかり抱き、びしょ濡れになり、彼女のベッドの中で指で射精に導かれることになるだろう。それについては何の疑問もなかった。僕は緑が好きだったし、彼女が僕のもとに戻ってきてくれたことはとても嬉しかった。彼女となら二人でうまくやっていけるだろうと思った。そして緑は彼女自身言っていたように血のかよった生身の女の子で、そのあたたかい体を僕の腕の中にあずけていたのだ。僕としては緑を裸にして体を開かせ、そのあたたかみの中に身を沈めたいという激しい欲望を押しとどめるのがやっとだったのだ。僕のペニスを握った指はゆっくりと動き始めたのを止めさせることなんてとてもできなかった。僕はそれを求めていたし、彼女もそれを求めていたし、我々はもう既に愛しあっていたのだ。誰にそれを押しとどめることができるだろう?そう、僕は緑を愛していた。そして、たぶんそのことはもっと前にかわっていたはずなのだ。僕はただその結果を長いあいだ回避しつづけていただけなのだ。
問題は僕が直子に対してそういう状況の展開をうまく説明できないという点にあった。他の時期ならともかく、今の直子に僕が他の女の子を好きになってしまったなんて言えるわけがなかった。そして僕は直子のこともやはり愛していたのだ。どこかの過程で不思議なかたちに歪められた愛し方であるにはせよ、僕は間違いなく直子を愛していたし、僕の中には直子のためにかなり広い場所が手つかず保存されていたのだ。
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